ハングルと都市
ハングルの見た目が好きだ。東亜重工のフォントみたいな感じで、都市との相性がいい気がする。
私のハングルへの理解は浅い。なんか人為的に設計された表音文字らしい、くらいしか知らない。だが、都市は好きだ。私は都市を愛している。私は都市で生まれ、都市で暮らして来た。私が知る都市といえば、煌びやかでイルミネーションが瞬く場所というよりも、むしろ薄暗く、夜は丸々と太った鼠が走り、高架線の足元にはよくわからない記号群が描かれ (正しくは書かれ、らしいのだが私にはメッセージが汲み取れない)、昔から地元で商売をしている我々の土地をよこせと大手ゼネコンから刺客が来たりする、そんな場所である。
さて、そんなおり私は日々コードを書き、楕円曲線暗号に悩み、VR 世界に没入する。いつから東京はサイバーパンク小説の世界になったんだ?あとはハングルみたいな東亜重工じみた文字がたくさんあれば完璧なんだが。
私はよく架空の都市を想像する。人はあまりいない。私は人混みが苦手だからだ。BLAME!や横浜駅 SF で出て来たような自己複製する都市で、断面は植物の細胞壁のように見える。空はあまり見えない。地下鉄が通っているといい。駅に電車が来る時は当然電光掲示板で警告が出る。想像するときによっていくつかの国語や国際補助語を検討するが、かならずハングルが出てくる。住んでいる人々の使う言語はすでに変化してしまっていて、彼らは古典を勉強しないと読み解くことができない。
言語は変化していても、そこに住む彼らの中には江戸の町民文化と武家文化が息づいている。豆腐屋は変わらずラッパを吹いているし、玄関に手拭いを吊るしておけば立ち止まってくれる。
地下には共同溝とは無関係に発達した知能のネットワークがあって、人間の活動とは無関係に、あるいは密接に関係しながら共生している。大手町に行けばブラックボックス化したインターネットエクスチェンジがあって、地元の大学生たちが研究のためにさまざまなデータを「採掘」している。渋谷には放送局の設備がよくわからないまま残されていて、うまくハッキングすれば全国に警報を流すことができる。地下に生息する「知能」が勝手に使ったりする。
バケツリレー式にデータを交換するネットワークがあり、都市はそれも複製する。プロトコルがどこにも書いてないが、彼らは経験則で通信につかっている。有志が都市の外のネットワークとピアリングさせてたりもする。そのままでは速度が遅いので、高速の通信をする時はいくつかのノードを人為的に押さえておく必要がある。だから、彼らは VR で大規模な集会をするとき、主催者をねぎらう。ちょっと昔、動画配信者には配信時間を競争で予約する手間があり、それをねぎらう文化があったのだが、そんな感じだ。
ノードは複製のたびにわずかな変異が起き、自然選択によって環境に適応していく。系統樹は合流することもあり、非巡回有向グラフとなる。区役所がノードをインデクシングしていて、問い合わせれば生態や分類がわかる。たまに生きた化石みたいのがいたりするので、見つけるのが趣味な人もいる。