デジタルでおおまかな合意をめざす民主主義 - 読書メモ
計算民主主義、という言葉を聞いた。計算と民主主義。頭のなかで全くつながらない。
私はこの言葉に惹かれて、図書館でレファレンス・サービスに問い合わせた。本を読んだり論文を漁ったりした。どうも台湾が進んでいるらしい。オードリー・タンとかいう政治家が関わっているらしい。
民主主義は実験として始まった。いまでもそうだ。これは実験の最前線ではないかと思った。
一冊の新書がわりと網羅的だったので、記録を残しておく。
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書籍データ
- タイトル: オードリー・タンが語るデジタル民主主義
- 著者: 大野和基
- 出版社: NHK 出版
- 出版年月日: 2022 年 02 月 10 日
- ページ数: 197
- ISBN: 9784140886700
どうしてデジタル民主主義が必要なのか?
制度を改善するためだ
民主主義は問題提起と改善のプロセスだ。問題提起のためには、透明性が不可欠だ。
透明性は、単に文書が公開されているだけでは足りない。一般市民にとって、わかりやすいことが必要だ。
わかりやすくするためには、デジタルツールが利用できる。開発者の市民参加(シビックハッカー)が不可欠だ。
政府はオープンデータを整備して、シビックハッカーに利用可能な資源を供給する必要がある。
慎重に言論空間を設計するためだ
野放図に出来上がった、社会ネットワークにもとづくいまのソーシャルメディアは、結果的に分断をまねいている。単なる意見の分断にとどまらず、民主主義を脅かしている。
政治的議論が可能なように、慎重に設計されたデジタル言論空間が、民主主義の鍵となる。
(計算社会科学者のクリス・ベイルも同様の見解を示している。慎重に設計された会話は、尊重と相互理解の土台作りに貢献する、としている 1)
デジタル民主主義の基本的な考えかたはなにか?
- おおまかな合意と動作するコードが重要だ
- 衆愚政治にならないために、専門家の意見が必要だ
- 信頼されているものを使うことが重要だ
- プライバシーが重要だ
おおまかな合意と動作するコードが重要だ
なぜ合意が必要なのか?
異なるニーズを持つ全員の尊厳を維持するために、合意が必要だ。
民主主義は、すべての社会構成員の尊厳を維持する実験だ(スティーブン・ブライヤー2)。そのためには、異なるニーズを持つ集団どうしが意見を表明し、妥協し、協力することが欠かせない。
すべての意見集団が賛成する意見に注目し、すべての意見集団が反対する意見を避けることが必要だ。それは、合意だ。
おおまかな合意とは何か?
単一の共通善に束縛されない合意が、おおまかな合意だ。
いちどの投票で「これが単一の共通善だ」と決してしまうと、互いの意見に耳を傾け、同じ目的意識を探る、いわゆる熟議のプロセスがおざなりになってしまう。
これは悪く作用することがあり、たとえばポピュリスト(大衆迎合主義者)は単一の共通善を示し、自らがそれを実現すると強く訴えて票を獲得する。反多元主義こそが、ポピュリズムの本質だ(フリードリヒ・マックス・ミュラー)。一般に民主主義の機能不全とされる。
おおまかな合意にとって、異なるというのは出発点であって、あたりまえのことだ。絶対に正しいと断定できない、意見や目的意識の探索が、おおまかな合意だ。
これには、非暴力コミュニケーションが必須で、慎重な言論空間の設計や適切なファシリテーションが必要だ。
おおまかな合意を探る言論空間に例はあるか?
pol.is というものがある。格差是正を訴えるウォール街占拠運動がきっかけとなって開発された。
投稿や投票を通じて個人の意見をベクトルに表現し、クラスタリングして意見集団を推定する。
意見集団の間でもっとも共通していた見解を探るツールだ。台湾では大規模に導入されている。
(クリス・ベイルも複数の意見集団の間で共通して評価された投稿を推薦するレコメンド・アルゴリズムを提案している 1)
合意を社会実装するために、シビックハッカーが必要だ
シビックハッカーたちが、オープンソースで開発をすることで、誰もが誤りを指摘し訂正できる社会実装が可能となる。
衆愚政治にならないために、専門家が必要だ
専門家から意見を聞くフェーズが必要だ
支持を集めた意見は検討されるが、支持を集めたことが直ちに意思決定として扱われるわけではない。
関係者から意見を集める会議を行う。専門家の意見は特に重要だ。
誤情報に対して対策が必要だ
誤情報は民主主義を揺るがす。インフォデミックという。だが、通常の調査報道の手法で検証できる。報道各社が取り組むことができる。
また、ソーシャルメディアを分析する手法もある。ある感染者が未感染の集団に平均してどれくらい感染を広げるか、を示す R 値(実効再生産数)を算出できる。
予防接種としては、迅速に拡散しやすい単一の画像でつくられたユーモラスなミームが有効だ。
信頼されているものを使うことが重要だ
イノベーションは自然なものでなければならない。
人の経験則に基づき、一般に信頼されているものを使うことが重要だ。高齢者なら、QR コードよりも手打ちを選ぶだろうし、インターネットより電話を選ぶだろう。
なので、国政選挙でインターネット投票をするのは難しいのではないか。
プライバシーが重要だ
統計処理の計算を外部の事業者に委託するとき、漏洩するリスクを考えなければならない。
準同型暗号が利用できる。暗号化したまま、加算や乗算が可能だ。
感想
私の地元では投票率が低迷しており、市民参加が機能低下しつつあるので、気になった。「民主主義はそもそも実験であり、それは今でも続いている」という言葉を彷彿とさせる一冊。「非暴力コミュニケーションによる市民参加」はまさに私が興味のある分野だ(ここでは語らないが)。「大まかな合意と動作するコード」の合意プロセスに重きを置いており、参考になった。
Footnotes
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『ソーシャルメディア・プリズム』 クリス・ベイル(著)みすず書房 ISBN: 9784622090830 ↩ ↩2
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「みんな意見が合わないけれど…」“分断の国”アメリカの若者に引退する最高裁判事が伝えたいコト TBS NEWS DIG ↩